少々、夏バテ気味です(´・ω・`)
それはおいといて、さて、これからしばらく、
『愛』(・∀・)
について書いていきたいと思っております。『愛』
私がここで言う『愛』は、世の中でよく言われている「愛」とは少々異なります。誰かを愛するとか、愛されるという「愛」ではありません。また、何かを愛しているという「愛」ともちがいます。
じゃあ、その『愛』って、どんなもの?
そう問われると、言葉でこういうものだとハッキリと説明することができません。そんな不思議で何だかよくわからないものなんです。
『愛』(・∀・)
何だかよくわからないけれど、私たちはこの『愛』に常に満たされています。
そして、この世界はすべて『愛』だとも言えます。
というか、私たちそのものが『愛』なんです。
ますます意味不明ですね(´∀`)
では、このとっても不思議で、とっても素晴らしい『愛』 これを知るにはどうすればよいのでしょう?
それはとてもシンプルです。
「愛すること」
それだけです。では、何を愛するのでしょう?
ありのままの『いま』
です。『いま』起こっていることを、ただ愛すればよいのです。どうです? シンプルでしょ?
(´∀`)
でも、シンプルすぎることって、意外と難しいんですよね。人間ってどういうわけか、複雑で難解なもののほうを有難がるという、おかしな傾向がありますね。シンプルすぎると、逆に「本当にこれでいいの?」と、不安になったりします。
でも、これでいいんですよ。
ありのままの『いま』
そして、この『いま』は「私」という分離した個人を通して見て感じておりますので、
ありのままの「私」
を、ただ愛すればいいのです(´∀`)
ただ、この「ありのまま」がひとくせありまして。
「ありのまま」とは、「正直」に見るということです。これがちょっと難しいんですよ。ここだけが難関です。「私」を正直に見るって意外と難しい。
(´・ω・`)
「私」はいろんなことを感じても、それを表面に出さないように訓練されてきておりますから、なかなか「正直」な想いや感情を素直に出さないんですよ。
なので、しっかりと「私」というものと向き合わないといけません。
本当は怒ってるでしょ?
本当は嫉妬しているでしょ?
本当は軽蔑しているでしょ?
本当は大好きでしょ?
こんなふうに、自分自身で覆い隠したり、押し込んでいるものを、ほじくり返していかないと、「正直」にはなれないです。隠している本当の想いや感情が「ありのまま」なわけですから、それを愛さないことには、ありのままの『いま』を愛せません。
まあ、それはまた記事として書いていきますので、とりあえず、この
『いま』
を、ただ愛してください。そうすることによって、また隠れていたものがポロポロと現れてくるものです。
え? 『いま』を愛せない?
じゃあ、
『いま』を愛せない自分を愛してください
それが「正直」で、「ありのまま」ですから。
愛するってどうするかよくわからない?
じゃあ、愛するがわからない自分を愛してください。ただ、そんな自分を嫌いにならず、そんな自分を好きでいればいいんです。
(´∀`)ノ
シンプルでしょう?
地蔵峠のお地蔵さん


@長野県木曾町
それはおいといて、さて、これからしばらく、
『愛』(・∀・)
について書いていきたいと思っております。『愛』
私がここで言う『愛』は、世の中でよく言われている「愛」とは少々異なります。誰かを愛するとか、愛されるという「愛」ではありません。また、何かを愛しているという「愛」ともちがいます。
じゃあ、その『愛』って、どんなもの?
そう問われると、言葉でこういうものだとハッキリと説明することができません。そんな不思議で何だかよくわからないものなんです。
『愛』(・∀・)
何だかよくわからないけれど、私たちはこの『愛』に常に満たされています。
そして、この世界はすべて『愛』だとも言えます。
というか、私たちそのものが『愛』なんです。
ますます意味不明ですね(´∀`)
では、このとっても不思議で、とっても素晴らしい『愛』 これを知るにはどうすればよいのでしょう?
それはとてもシンプルです。
「愛すること」
それだけです。では、何を愛するのでしょう?
ありのままの『いま』
です。『いま』起こっていることを、ただ愛すればよいのです。どうです? シンプルでしょ?
(´∀`)
でも、シンプルすぎることって、意外と難しいんですよね。人間ってどういうわけか、複雑で難解なもののほうを有難がるという、おかしな傾向がありますね。シンプルすぎると、逆に「本当にこれでいいの?」と、不安になったりします。
でも、これでいいんですよ。
ありのままの『いま』
そして、この『いま』は「私」という分離した個人を通して見て感じておりますので、
ありのままの「私」
を、ただ愛すればいいのです(´∀`)
ただ、この「ありのまま」がひとくせありまして。
「ありのまま」とは、「正直」に見るということです。これがちょっと難しいんですよ。ここだけが難関です。「私」を正直に見るって意外と難しい。
(´・ω・`)
「私」はいろんなことを感じても、それを表面に出さないように訓練されてきておりますから、なかなか「正直」な想いや感情を素直に出さないんですよ。
なので、しっかりと「私」というものと向き合わないといけません。
本当は怒ってるでしょ?
本当は嫉妬しているでしょ?
本当は軽蔑しているでしょ?
本当は大好きでしょ?
こんなふうに、自分自身で覆い隠したり、押し込んでいるものを、ほじくり返していかないと、「正直」にはなれないです。隠している本当の想いや感情が「ありのまま」なわけですから、それを愛さないことには、ありのままの『いま』を愛せません。
まあ、それはまた記事として書いていきますので、とりあえず、この
『いま』
を、ただ愛してください。そうすることによって、また隠れていたものがポロポロと現れてくるものです。
え? 『いま』を愛せない?
じゃあ、
『いま』を愛せない自分を愛してください
それが「正直」で、「ありのまま」ですから。
愛するってどうするかよくわからない?
じゃあ、愛するがわからない自分を愛してください。ただ、そんな自分を嫌いにならず、そんな自分を好きでいればいいんです。
(´∀`)ノ
シンプルでしょう?
地蔵峠のお地蔵さん


@長野県木曾町
「愛すること」と重なると思うのですが、
私は、自分を「ほめる」ことも大切にしています。
どんなときでも、「ありのまま」を無条件に
愛するのに役に立ちますよ。
大げさでも、正直にというのがコツです。
笑うウリエル
が
しました