では、その

「本来の自分」(・∀・)

とやらは、どうやったら思い出せるのでしょう?

その前に、これを読んでいるあなたは、自分のことを

「私」(´・ω・`)

だと思っていますよね。わーたーし。
おれ、わし、おいら、あたい、アテクシ…… まあ、ぜーんぶ「私」です。

そして、「私」というのは、この頭のてっぺんからツマ先までの「からだ」だと思っていますよね。そして、その体の中にある「こころ」だとも思ってますよね。
ものすごく当たり前ですが、そうですよね?

そして、そんな「私」には、男とか女とか性別があり、名前があり、年齢があり、職業とか身分があって、
さらに「私」には、いつどこそこで生まれて、あの学校に行って、ここに就職して、それから結婚して…… という歴史があって、
それから、金持ちだとか貧乏だとか、健康だとか病気だとか、今の状態があって、
おまけに、短気だとか、すぐ落ち込むとか、マイペースだとか、それぞれの性格もあります。

では……

あなたの「私そのもの」は、いったいどういったものですか?
(・ω・)?

名前とか職業とか、歴史とか今の状態とか、そして性格とかは、ぜーんぶ「私」にくっついているものですよね。いわば「私」の説明です。そんなくっついているものでなく、「私」の本体。

頭のてっぺんからツマ先までの「からだ」ですか?
いえいえ、
「私の体」
って、みんな普通に言いますよね。「体」が「私」なら、「私の体」とは言いません。ということは、「体」を動かしたりして、支配しているのが「私」かな?
脳でしょうか? いえいえ、脳も「体」の一部です。
じゃあ、脳の中で起こる「思考」ですかね?
あれ? 「思考」も「私の思考」とか、フツーに言いますよ……?
うん???
「私の心」
「私の人格」
「私のアイデンティティ」……(・ω・)?
おおお、「からだ」だけでなく、思考とか心とか人格とかアイデンティティとかも支配しているのが「私」ですかね? あり?
「私の意識」
「私の人生」
「私の命」
おおおおお……???

おいこら「私」ってなんやねん!?
(ノ`Д´)ノ

そうなっちゃうよね。「私」はコレという確かなものがどこにもないですよね。もし、「私」はコレだという人がいたら、コレだって見せてください。
(´∀`)

こんなふうに、「私」っていったい何なのか、あるのかないのかもよくわかんないものなのです。
よくわかんないのに、確かに「私」は存在していると、誰もが疑いませんよね。だって実際「私」はいるし。
しかし、みーんな、この体と心がなーんとなく「私」かなという程度にしか思ってませんよ。これが、実は

あらゆる「苦」の原因なのです
(・ω・)?


本当の実態はよくわからない「私」ってヤツを、間違いなく存在していると疑わないで、これこそが「自分」だと思い込んで生きてしまっている。これが「苦」の原因です。
つまり、自分は「私」だと思っているかぎり「苦」です。「一切皆苦」です。


なーんとなくこの体と心が「私」で「自分」かなという思い込みを、主なスピリチュアルでは、

「分離」

と、呼びます。
イエス・キリストは、

「罪(つみ)」

と、言いました。「罪」というと、なんか犯罪ように思いますが「的外れ」という意味です。
そして、ブッダは、

「無明(むみょう)」

と、言いました。「無知」とも言いました。

本当は、この体も心も「本来の自分」ではありません。「本来の自分」の一部ではありますが、体や心がそのまま「本来の自分」ではないのです。

そして、もちろん、「私」も「本来の自分」ではありません。『真理』を説いた偉大なふたり、イエスとブッダも、「私」を「自分」だと思うことは、的外れで無明無知だって言ってるのです。

では、「本来の自分」って、いったい何なのでしょう?
(´・ω・`)?

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奥入瀬渓流@青森県十和田市